« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »

2007年6月

チーズは持ち込めない?

今年の3月から、世界中のほとんどの空港で、液体物の持ち込みが制限されるようになりました。元旅行会社社員の僕は、もちろん知っていました。ところが・・・

Fromage 5月下旬にパリに遊びにいきましたが、1週間のカジュアルな旅行だったので、スーツケースは持たずに、リュックサック一つで行きました。ですから、機内預け荷物はありません。ワインなど液体物を買わないよう気をつけていましたので、問題ないだろうと思っていたら、パリの空港のセキュリティチェックのところでリュックを開けるように言われ、取り上げられてしまったのです。それは何かというと、チーズです。カマンベールのようなソフトタイプのチーズは持ち込めなくなったとのこと。フランスのスーパーに行くと、日本で800円くらいするカマンベールが1ユーロちょっとで買えるし、日本とは比較にならないほどたくさんの種類のチーズを売っており、いつも自分へのお土産に買っていました。

これを読んでる○○○○トラベルのみなさん、お客様へのご案内に気をつけてくださいね。えっ、そんなこと当然知ってる?失礼しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オルセー駅

Orsay_1  オルセー美術館の話題が続きましたが、ご存知の方も多いと思いますが、ここはかつての駅舎でした。1900年のパリ万博に合わせて建造されたものですが、面白い逸話が残っています。

オルセー駅はセーヌ河を挟んで、ルーブル美術館の対岸に造られましたが、あまりに素晴らしい建物に出来上がったため、「ルーブルを駅にして、オルセーを美術館に、取り替えたらどうだ」と言った画家がいました。それから86年後の1986年、オルセーは本当に美術館になってしまいました。ルーブルは駅にはなりませんでしたが・・・。

館内には駅舎だった頃の面影が沢山残っています。陽光降りそそぐガラス張りの屋根、大きな時計、1階の展示室は線路が通っていた場所です。そしてホテルも併設されていました。かつての舞踏会の部屋や客室も展示室になっています。華麗な装飾のレストランは今でも営業していますので、美術鑑賞後の余韻に浸るのに素敵な場所だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スリルと感動のパリの地下鉄 恐怖編②

次に怖いのは、無賃乗車客。キセルをしたって他人に迷惑を掛けなければいいのですが、恐ろしいのは自動ドア出口を逆流して入ってくる奴。日本のような腰の部分だけ止めるのではなく、パリの地下鉄の出口改札は全体が塞がれており、直前まで外が見えません。そこへ、開いた瞬間に突っ込んでくる無謀な人間がいて、気をつけていないと突き飛ばされます。

聞いた話では、一日のパリの地下鉄乗客(延べ800万人)の5%は無賃乗車だそうです。ということは40万人?驚くべき数字です!出入口での不正乗車を捕まえる体制は全くないようで、切符売り場の係員は全く無視しており、無賃乗車は簡単にできてしまいます。でも、ときどき通路で検札をやっていますので、無賃乗車は絶対にやめましょう。友人が一度捕まったことがありますが、罰金約1万円取られました!

それから、怖くはありませんが、乞食は不快です。アコーデオンを演奏してチップを要求する人はまだ許せますが、「この子に食べさせるためにお金が必要なんです」と言って近寄ってくる人には、「だったら働け!」と言いたくなります。地下鉄の出入口や通路にも乞食は多いです。ところで、留学していた頃、シャトレという大きな駅の通路で毎日同じ場所に立っている白人のおばさんがいましたが、彼女は日曜日にだけは現れませんでした。乞食も週に1回は休みを取るようです。

次は明るい話題にしたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

モネ展に行ってきました

Photo_15 終了間際の今日、前職の後輩たちと、ようやくモネ展に行ってきました。国立新美術館も初めてでした。六本木ヒルズ、ミッドタウンと次々に新スポットが誕生していく六本木の開発パワーはすごいなと思いました。

美術館の外観はガラス張りで、内部に陽光降りそそぐ(今日は雨でしたが)、パリの美術館を思わせるような斬新なものです。予想通り、モネ展は大混雑。どうして日本で企画展をやると、いつもこんなに人で溢れかえるんだろう、と嫌になります。常設展は、名品揃いの国立西洋美術館だって、いつもガラガラなのに。入場までは15分ほどでしたが、内部は大混雑です。順路も一方通行ではなく、小部屋に分かれているので、迷わされます。大混雑を前提に、もう少し絵を高めに掛けたり、タイトルも見やすい位置にするなど、もう一工夫あっても良いのでは、と感じました。

展覧会そのものは、オルセー美術館からよくこれだけモネの名品を沢山持ってきたな、ということと、日本の地方美術館にこんなにモネ作品があるんだ、という2点に感動しました。キョンキョン(小泉今日子)が解説するガイドシステムも、国立美術館にしては画期的だと思いました。

何はともあれ、おのぼりさん気分で楽しめた一日でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ララ・ファビアン

Fabien フランスの歌手、といっても日本に伝わってくる情報は少なく、『枯葉』のイヴ・モンタンや『ばら色の人生』のエディット・ピアフくらいしか思い浮かばない人が多いのではないでしょうか。

僕の好きなフランスの歌手(実際はベルギー出身ですが)は、ララ・ファビアンです。フランスではトップクラスの歌手ですが、日本ではほとんど知られていません。最近はインターネットで検索すると3,000件くらいヒットするようになりましたが、残念ながら日本で発売されているCDは英語版のみです。『タイタニックのテーマ』が大ヒットしたセリーヌ・ディオン(フランス系カナダ人の彼女の曲も日本に紹介されるのはほとんど英語版ですが、フランス語版も味わいがあります)とよく比較されますが、声量たっぷりに力強く歌うバラード調の曲もあれば、消え入りそうなか細い声で歌う曲もあり、とても表現力豊かです。

フランスに行かれる方は、ぜひララ・ファビアンのフランス語版のCDを買ってみてください。8年くらい前のアルバムですが『Pure』がお勧めです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スリルと感動のパリの地下鉄 恐怖編①

パリの地下鉄については色々と語るところがあります。面白さがある反面、嫌な面・怖い面もあります。まずは、恐怖編から。

とにかくスリが多いです。僕も一度財布を取られてしまいました。しかも、取られてもすぐには気づきませんでした。気づいた時の悔しさ!といったらありません。一日中不愉快な気分でした。あの時は、ズボンの後ろのポケットに財布を入れていた自分もバカだったと思います。犯人は2人組で、地下鉄がホームに到着し、車両に乗り込もうとした瞬間、乗っていた客が落とした財布を踏んづけてしまいました。後で考えると落としたのではなく、僕の靴の下に財布をくっつけたのですが、その時は「悪いことをしてしまった」と動揺してしまいすぐに拾ってあげました。その瞬間、後ろから来た客に押された記憶がありますが、その時に財布が抜き取られたのでした。

同じような手口で、わざと小銭を床にばら撒いて、拾ってあげている人のお尻から財布を抜き取ったり、脇に置いてあったバックを取っていったりすることも多いようです。

くれぐれもスリには気をつけてください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

オルセー美術館⑤

Photo_14後期印象派の後に、新印象派が続きます。こちらの方が、後期印象派よりも印象派の考え方を受け継いでいます。印象派は、「見る人の目の中で色を混ぜる」ことによって明るい画面を作り出しましたが、新印象派はそれを科学的に追求しました。代表格はスーラ。テレビの画面に顔を近づけると、無数の色の点が見えますが、スーラの絵に近づくと同じように気が遠くなるような細かい色点が画面を覆い尽くしています。(『サーカス』)

ただ、印象派の考え方を受け継いでいるにもかかわらず、印象派の画家たちからは「理論で絵は描けない」と批判されてしまいました。

さて、オルセー美術館はこれだけではありません。オペラ座の装飾として作られたブロンズ像カルポー作の『踊りの精』のオリジナルをはじめ、ロダンやブールデルの力強い彫刻作品も見られます。そして、アール・ヌーヴォーやアール・デコのコーナーでは、ガレの花瓶やラリックの香水瓶、ギマールの家具などもありますので、ぜひ見ておきたいところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏至のパリ

もうすぐ夏至。1年で一番日が長い日です。

ヨーロッパでももちろん同じですが、驚くほど日が長いです。北に行くほど長くなり、また同じ時差の地域であれば西に行くほど夜遅くまで明るいのです(逆に日の出は遅くなりますが)。さらにほとんどの国で夏時間を採用していることも、日を長くしている要因です。地球儀を見ればわかることですが、でも初めてヨーロッパに行ったときはビックリしました。なにせ、夜10時くらいまで明るいのですから。とっても得した気分になります。

ところで、パリの夏至の日は「音楽の日」。あちらこちらで無料の青空コンサートが開かれます。街中がコンサート会場です。留学していた当時、パレロワイヤルの中庭(映画『シャレード』のラストシーンに出てきます)で野外クラシックコンサートが開かれました。歴史的な建物を背景に演奏が行われ、時折教会の鐘の音が遠くから響いてくると、パリは歴史と文化の街だなと改めて実感させられました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オルセー美術館④

印象Photo_13派における風景画の代表画家がモネとすれば、人物を描いた印象派の代表としてルノワールでしょう。代表作『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』をはじめとして、彼の絵に登場する人物はいかにも幸せそうです。しかし、戸外で木漏れ日を浴びた女性の肌を描いた画家など過去に存在していませんでしたから、彼の描き方もまた物議をかもし出します。印象派は「影にも色がある」と考えていましたが、ルノワールは女性の肌に当たった影を大胆にも紫色で描きました。それを見た批評家たちは、「まるで死斑のようだ」と酷評したのです(『陽の当たる女性の上半身』)。

印象派の話が長くなりましたが、その後に「後期印象派」が続きます。印象派の後半というように聞こえますので印象派の延長線として見られがちですが、英語で言えばPost Impressionism、つまり「印象派の後」ということで、印象派とは別物です。その典型がセザンヌですが、モネやルノワールのような、背景に溶け込む柔らかい輪郭を否定し、強い輪郭線を描いて物や人物の形をより力強いものにしました。ゴッホやゴーギャンもまた、独特の画法で印象派の後の時代を形成していきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2週間経過!

転職をしてから、そしてブログを書き始めてから、早くも2週間が経ちました。

会社では、まだまだ戦力というよりは勉強させてもらっているというところですが、今まで知らなかった分野について、少しずつ商品知識や周辺知識がついてくるので面白いです。小さな会社で経営者のすぐ近くで仕事ができますので、経営の勉強にもなります。

ブログはほぼ毎日書いていますが、書くのが日課のようになってきました。コメントをもらうのも嬉しいいし、ブログを始めてから知ったことですが、毎日何人がアクセスしたかもチェックできるので、それが励みになります。それに、自分の体験のまとめにもなるので、始めて良かったなと思っています。

ブログと同時に、ネットビジネスの勉強も始めました。これも未知の分野でしたが、今まで何気なく見ていたホームページや、勝手に送られてくるメールのカラクリについても少しずつわかってきました。悪いことや迷惑を掛けることは絶対したくありませんが、本業とは別に、少しでもネットビジネスで収益が上げられたらいいなと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マダガスカル②

先週はバオバブの木をご紹介しましたが、マダガスカルのもう一つのハイライトは、珍しい動物達です。フォール・ドーファンという地方の飛行場から悪路(途中にはカフェもトイレもなく、気持ちのよい青空トイレとなります)を3時間オンボロバスに揺られていくと(でも、途中、竹のようなサボテンなど珍しい植物が見られるので飽きません)、ベレンティ自然保護区に着きます。ロッジ型の宿は、お湯が出なかったりして快適からは程遠いのですが、朝起きてロッジの周りを散策するだけで幸せな気分になります。尻尾が輪の模様になっているワオキツネザルがそこら中を走り回っているのです。

2006_11190066_1ワオキツネザルは群で行動するのですが、季節によっては食料が手に入らず、縄張り争いが激しいです。中でも一番の勝ち組は、ロッジのレストランを押さえた群でしょう。私たちが朝食を食べ終えた後のテーブルの上には、パンくずや残飯が残っていますが、彼らはそれをもらいにやってきます。時には親子で(写真)。

横とび移動をするベローシファカも、べレンティの人気者です。普段は木の上で生活していますが、地表を移動する際は、不器用に横に飛びながら移動していきます。まるで、反復横とびを一方向だけにしていくような感じです。彼らも群で行動していますので、一匹移動した後、待っていれば必ず後に2~3匹続いていきます。見ている誰もが笑顔になるひとときです!

2006_11190053_1 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オルセー美術館③

○○様式とか、○○派という言葉は、後の人が付けることが多いのですが、「印象派」は自ら名づけたようなものです。1874年に開かれた第一回印象派展にモネは「印象~日の出」という作品を出品していますが、この展覧会を見た批評家が「何だ、単なる印象を描いている画家の集まりではないか」と酷評します。それを逆手にとったモネらは「そうだ自分達は印象派だ」と開き直り、印象派という呼び名が定着しました。

印象派は「光の捉え方が違う」と前回書きましたが、太陽の高さや水蒸気によって刻々と移り変わっていく光や大気の瞬間をキャンバスに捉えようとしました。ですから、その筆致は荒く、当初は「未完成の壁紙」などと揶揄されることもしばしばでした。でも、印象派は決して場当たり的に描いていたわけではありません。モネなどは、同じ対象を、時間を変え、季節を変え、あるいは天候の異なる日に、何度も何度も繰り返し描き、光の当たり方が対象に与える印象を研究しています。さらには、太陽が水に反射する効果を捉えるために、アトリエ船を造って、セーヌ河に浮かべた船の上で制作もしています。単なる印象をささっと描いた要領のよい画家ではなく、印象派は本当は研究熱心だったのです。

モネは『ルーアン大聖堂』を、同じ構図で30点以上も描いており、オルセー美術館にはその内の4点が展示されています。

Photo_12

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オルセー美術館②

現在、国立新美術館で「モネ大回顧展」を開催中です(これから行く予定です)。オルセー美術館のモネの有名作品がたくさん来日しているので、今からパリに行く人は要注意です。僕もパリに留学していた頃、ちょうど「自由の女神像」が日本に行っていて見られなかったという残念な思い出があります。

さて、モネ以降が私たち日本人がイメージする印象派だと思います。印象派の登場は、それ以降の絵画の流れを変える、長い美術史の中でも画期的な出来事だと思います。それ以前の国家のお墨付きを得た「模範的な絵」の概念がことごとく崩されたのですから。印象派の特徴を一言で言うと「光の捉え方が変化した」ということだと思います。

風景画は外で描くものだと思いがちですが(そもそも、印象派以前は「風景画」というもの自体が芸術として認められていませんでした)、印象派の時代になって、初めて外で描くようになったのです。それには、外でも絵の具が乾かない、チューブ絵の具の発明といった背景もあります。印象派の絵は遠くから見ると、古典的な絵とは違った意味で現実を忠実に描いている(見えた印象を描いている)ように見えますが、近くで見ると原色の太い線や点が無造作に置かれているだけなのです。これは原色の絵の具を混ぜ合わせると黒くなりますが、原色の光を混ぜると限りなく明るく透明になっていく、という原理を応用したものです。つまり、絵の具をパレットで混ぜるのではなく、見る人の目の中で混ぜるという考え方です。ですから、印象派の絵は遠くから見ると明るく輝いて見えるのです。Photo_11 (写真は、モネの『日傘の女性』)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オルセー美術館①

パリの三大国立美術館は、棲み分けがきちんとできています。古代から印象派直前までのルーブル、印象派を中心としたオルセー、現代美術のポンピドー。この3ケ所を回れば、すべての時代の美術を見たことになるのです。

さて、オルセー美術館の1階展示室の絵を比較しながら観ていくと、印象派とそれ以前の絵画の違いがよくわかります。印象派以前の絵画は、「いかに現実(美化された現実)を正確に写し取るか」ということが重要でした。そして遠近法や、劇的効果を与える明暗法などが工夫されました。新古典派のアングルの絵(これもオルセーにあります)を見ると、その端正な筆遣いに感心させられます。

ところが、19世紀後半にカメラが発明されると、正確に写し取るという絵画の役割が意味を持たなくなります。そこで、画家達は今までと違う表現方法を模索し始めます。そこへ現われたのが、日本の浮世絵。平面的で陰影がなく、大胆な構図で描かれた浮世絵は、パリの芸術家達に衝撃を与えました。それをいち早く取り入れたエドアール・マネは印象派の父と呼ばれます。彼の絵(右)は私達がイメージする印象派とは少し違うかもしれませんが、アングルの絵(左)と比較するとのっぺりして平面的な感じがわかりますか?

でも、日本人に馴染みの深い、本当に“印象派的”な絵画はクロード・モネ以降と言えるかも知れません。

Photo_9 Photo_10

| | コメント (0) | トラックバック (0)

社交ダンス 続き

Dscf1041

もともと社交ダンスを始めたのは4年程前です。旅行会社に勤めていた時期で、クルーズ旅行の添乗をすることが多かったことから、ダンスの必要性を感じたのです。クルーズの参加者は年配のご夫婦が多いのですが、船上での社交ダンスを楽しみにしている方も少なくありません。奥様だけダンスができて、ご主人ができない場合、男性添乗員にダンスの相手を求められます。2度目のクルーズ中に、女性のお客様から「クルーズの添乗員がダンスくらいできなきゃダメじゃないの!」と怒られました。それをきっかけに、週1回ダンス教室に通い始めたのです。

やってみると何と難しいことか。簡単なステップを憶えるのに、すごく時間がかかりました。でも少し基本ステップを憶えると、音楽に合わせて身体を動かすことが、すごく心地よく、楽しいことに感じられるようになりました。

そして、1年くらいすると、クルーズ中に少しだけでもダンスの相手ができるようになりました。簡単なステップしかできないとはいえ、初めての相手と1曲通しで踊れるようになるというのは、すごく達成感を感じられます。

旅行会社は退職してしまいましたが、ダンスはもう仕事の延長ではなく、趣味の一つとなりました。社交ダンスというと特別な世界のように思われるかもしれませんが、教室に通っているのは普通の人たちだし、会社とは違う仲間ができるのも楽しいことです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

東宝ダンスホール

きのうは、ダンス教室の初心者クラスの仲間8人で、日比谷の東宝ダンスホールに行ってきました。普段教室では、決まったステップしか習わないし、1曲通しで踊るということも少ないので、たまには“実践の場”に行ってみようということになったのです。東宝ダンスホールは日本でも最大級のダンスホールで、ダンスを習い始めた人にとっては「憧れの場所」のようです。

入場料2,700円を払って中に入ると、生バンドの演奏が聞こえてきます。有馬徹とノーチェクバーナなど、往年の有名バンドが懐メロを中心に演奏しており、ときどき歌も入ります。天井にはミラーボールが輝き、とってもレトロな雰囲気です。曲は、ラテン(ルンバ、チャチャチャ、ジルバ)とモダン(ワルツ、タンゴ、スロー)が交互に演奏されます。踊っているのは熟年カップルばかりで、たまに若い人がいるかと思うと、有料で相手をしてくれるプロだったりします。男性はスーツ姿、女性は華やかなドレスを着ている人もいます。上手い人も、そうでない人もいますが、みんな流れにそってスムーズに踊っているので、初心者の若造(?)には少し場違いな感じもしますが、せっかく来たのだからと初心者同士で何曲も踊りました。さすがに知らない女性に声を掛ける勇気までは出ませんでした。

ラテンは移動が少ないのでいいのですが、モダンは前後左右に動きまわります。そして僕のような初心者は、教室で習っているステップ以外応用が効かないので、すぐに周りの人にぶつかってしまいます。でも、こういう場所で踊るのも楽しいし、良い刺激になります。臨機応変に上手く踊れるようになるために、これからもレッスンをがんばるぞ、という気持ちにさせられました!

Photo_7

| | コメント (0) | トラックバック (0)

突然ですが、マダガスカル①

週末はパリから離れたいと思います。

世界各地を旅する中で、印象に残っている国は沢山ありますが、その一つがマダガスカルです。パリとは全く違う場所ですが、実は長い間フランスの植民地だった国であり、今でもフランス語が準公用語のようによく通じます。マダガスカルは、アフリカ大陸の東に浮かぶ大きな島国ですが、日本から直行便はなく、香港やバンコクなどを経由して行くことになります。でも、ここだけでしか見られないものがいっぱいあり、はるばる旅する価値は十二分にあると思います。

まずはバオバブの並木道。バオバブはボトルのような幹で、上の方だけに枝が付き、葉が繁る印象的な樹木です。サン=テグジュペリの『星の王子様』には、星を埋め尽くしてしまう悪役として登場しますが、モロンダヴァという町の郊外ではこのバオバブが林立していて、まさに物語の世界のようです。何か異次元空間に来てしまったような雰囲気を味わえます。特に素晴らしいのは夕暮れ時。空が夕焼けで赤く燃えて行くと、逆光となったバオバブのシルエットが鮮やかに浮かび上がります。

2006_11190015

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ルーブル美術館③

美術鑑賞に疲れたら、一度外に出てランチ。手早く済ませるなら、ルーブルの地下にあるフードコートがいいでしょう。ファーストフード中心ですが、中華やイタリアンなど沢山の料理から選べます。

疲れを癒したら、もう一頑張りしましょう。そう、ルーブルは絵画だけではないのです。という僕も、彫刻が大好きなわけではないので、「ミロのビーナス」やミケランジェロの「瀕死の奴隷」くらいしか見ないことが多いです。

さらに、ルーブルは芸術だけではありません。美術館にいることを忘れてしまうような異次元空間を2つご紹介します。まずは地下にある、12世紀に建てられた初代ルーブル宮殿の石積み。ひんやりとした不思議な空間です。もう一つ、「ナポレオン三世の居室」も美術館らしからぬ場所です。ナポレオン三世は、あのナポレオンの甥で、19世紀中頃に皇帝となりました。その当事の華麗な居室がルーブルの一角に残されているのです。

これだけ見れば、ルーブル美術館を制覇したような気持ちになれるでしょう。お疲れ様でした!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ルーブル美術館②

カフェで休憩したら、更にルーブル見学を続けましょう。時間がたっぷりある時は、フェルメールやレンブラントなどが展示される、オランダ絵画部門も見たいところですが、その前にせっかくフランスに来ているので、フランス美術コーナーを見ておくのがお勧めです。

3階の四角く囲まれたシュリー翼をぐるっと一周すると、中世から印象派直前までのフランス美術史の流れを歴史順に辿ることができます。特筆すべきは、17世紀バロックの画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールです。光と影のコントラストが劇的(明暗法といって、元々イタリアのカラヴァッジョが創始者と言われています)ですが、手を透かしてロウソクの明かりが漏れてくる表現は驚異的です(写真:「大工のヨセフ」)。プーサンやベルサイユ宮殿の内装を手掛けたル・ブランの大きな作品も見応えがあります。

18世紀はロココが見どころ。全体的にバラ色などの明るい色調で、ちょっと少女趣味のような感じですが、作品から貴族の華やかな生活が伺えます。廃墟の画家ユベール・ロベールもユニークな作品を残しています。

そして、フランスの大作コーナーにも作品がある、ドラクロワ、アングル、ジェリコーなどの小品へと続きます。

Photo_6

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ルーブル美術館①

ルーブル美術館には、もう10回以上足を運んでいます。入口ホールで館内の地図をもらえますが(日本語もあります)、もともと宮殿だった建物なので、見学は容易ではありません。同じ階として表示されていても、途中階段の上下があったり、工事中で行き止まりになっていることもしばしばです。(ちなみに、中庭のガラスのピラミッドの入口はいつも行列していますが、あの行列はセキュリティー検査のため。並ばずに入館するには、地下入口からがお勧めです。)でも、そんな思いをしても、パリに行くと必ず立ち寄ってしまいます。

好きな作品は沢山ありますが、お決まりのコースは、まずは「サモトラケのニケ」を見ながらイタリアルネッサンスのコーナーへ。「モナリザ」以外は、他のダビンチの作品「岩窟の聖母子」や、ラファエロの「聖母子」もゆ~っくり見られます。果てしなく続くようなグランドギャラリーの奥まで行く間に人影はまばらになり、スペイン絵画(ムリーリョ、ゴヤ、エル・グレコ、ベラスケスetc)のせっかくの大作が可愛そうなくらいです。

次は、フランスの大作コーナー、ここの迫力にはいつも圧倒されます。ダヴィッドの「ナポレオンの戴冠式」(写真)は巨大な絵にも関わらず、衣装の質感まで感じられるほど繊細に描かれています。ジェリコーの「メデュース号の筏」も迫力が伝わってきます。初めてこの絵を見たときは、こんなに大きな絵だったのか!と感動を覚えました。ドラクロワの激しい筆致と、アングルの古典的な端正な筆遣いの比較も楽しいです。

疲れたら、フランス大作コーナーの端にあるカフェで一休みしましょう。静かで気持ちの良い空間です。

Photo_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

美術館巡り

パリ観光の楽しみはいろいろありますが、美術館巡りは大きな要素だと思います。特に美術に興味がない人でも、多くのパリの美術館で子供の頃教科書で見た“思い出の絵”を発見できます。

また、パリの美術館は、もともと美術館として建てられたものばかりではなく、ルーブル美術館(写真)のようにかつての宮殿を改装して造られたものをはじめ、駅舎だったオルセー美術館、貴族の館だったピカソ美術館、芸術家自身が住んでいたロダン美術館など、建物そのものが魅力的な場所がたくさんあります。こうした歴史的な建物の中で美術品を楽しむのもパリの美術館巡りの醍醐味です。

パリの美術館を巡っていると「芸術の都」ということが納得できます。館内では多くの子供達が先生に連れられて遠足にきています。子供達を床に座らせ、教えるというより、先生が質問している姿をよく見かけます。子供に自由に発言させ、それに対して○×を付けたりはしません。「鑑賞の仕方」というものがあるのではなく、各人がそれぞれ自分なりの感性で受け止めればいいんだなというのが伝わってきます。こうして育った子供達にとって、きっと美術は身近なものになるのでしょう。

101212

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アール・デコ

アール・ヌーヴォーは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて流行しました。植物をあしらった曲線を多用したデザインの華麗な装飾で一世を風靡しましたが、ある意味装飾過剰ともいえ、次第に飽きられていきます。

その次に出てきたのがアール・デコ。1925年にパリで開かれた万博のテーマが装飾芸術(ART DECORATIF:アール・デコラティフ)だったのですが、そこに出品されていた作品群のデザインが流行したため、この様式がアール・デコと呼ばれるようになりました。

アール・デコはアール・ヌーヴォーと打って変わって、とってもシンプルです。写真はガラス作家ルネ・ラリックの「勝利の女神」という作品です。このように、直線や幾何学模様を多様したシンプルなデザインが特徴です。 ガラスでいえば、アール・ヌーヴォーの作家エミール・ガレの作品はとてもカラフルでしたが、ラリックの作品は透明なものが多く、使っても一色だけです。

パリの街を歩いていると、アール・デコにも遭遇しますが、ドアと外壁をラリック自身がデザインした建物も残されています。ガイドブックに載っていない、こういうものを発見した時の喜びは言葉では言い表せません!

Img_news

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アール・ヌーヴォー

アール・ヌーヴォーとは、フランス語で「新しい芸術」の意味です。19世紀後半に流行した装飾美術の様式です。それ以前は、装飾工芸は美術とは認められていませんでしたし、制作者の名前が有名になることもほとんどありませんでした。「アール・ヌーヴォー(新しい芸術)」の名称は、当時パリに開かれた東洋美術品を売る店の名前から取られましたが、

1.日本をはじめとする東洋美術が影響を与えた点

2.装飾工芸が美術の分野として注目を集めた点

で、まさに“新しい芸術”といえるでしょう。

勤めていた美術館の展示の中心はガラス美術品でしたが、アール・ヌーヴォーは建築や家具、文字の書体など多岐にわたり、街の中にも溢れています。例えば、パリに行けば必ず目にする地下鉄の入口(写真)。地下鉄が開通するのに合わせてエクトル・ギマールという建築家がデザインしたものです。100年以上前の芸術が今に生きている、そして街に馴染んでいる、そんなすごさがパリにはあるのです。

Dscf1063_1

| | コメント (1) | トラックバック (0)

パリとの出会い

パリとの出会いは約15年前に遡ります。といっても実際にパリに初めて行ったのは9年前。2つ目に勤めたのが、アール・ヌーヴォーとアール・デコのガラス美術品を展示している美術館でした。美術が特別好きだったわけではなく、新しく美術館を建設するということに興味を持って転職しました。でも、せっかく働くのだから、と準備段階の内に博物館学芸員の資格を取るべく玉川大学の通信教育を始めました。

そんなことで、今まで未知の世界であった美術を、広く浅く学ぶことができました。そして、美術館の展示品であるアール・ヌーヴォー、アール・デコの世界を詳しく勉強。その背景はもちろんフランス。特にパリと、ナンシーというフランス東部の町。こうしてフランスという国について興味が深まっていきました。

写真は、アール・ヌーヴォーを代表するエミール・ガレの作品「鯉魚文花瓶」。葛飾北斎の絵が元になっています。

Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

出勤第一日目

今日、新しい職場に出勤しました。3回目の転職、4つ目の会社です。今回は、一番最初に勤めていた会社の上司が社長をしている小さな会社なので、今までの転職に比べると安心感がありました。とはいっても、新しい人とも顔を会わせるし、仕事の内容もがらっと変わります。今までは旅行や観光施設など、サービス業が多かったのですが、今回は物を販売する仕事。

今日はみんなに紹介してもらい、全体会議。夜は、早速歓迎会を開いてくれました。和気藹々とした雰囲気で早く馴染めそうだなと思いました。慣れてきたら仕事の紹介もしますね。

土日はお休み。土曜日は旅行会社時代に始めた社交ダンス教室に行く日です。週末リラックスして、また来週から仕事頑張るゾ!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »