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2007年8月

カフェ~席と値段

ユーロが導入されて、カフェの値段も便乗値上げされてしまったような気がします。

Cafe 留学していた9年前は、エスプレッソ150円くらいのイメージだったけど、今年の5月に旅行したときは、2~3ユーロ。なんと、300円以上!ユーロ高のせいもあるけど、異常に高くなったなという印象です。

ところで、コーヒーの値段は、座る席によって2~3段階に分かれます。一番安いのはカウンターや立ち飲み。カウンター内にいるバリスタが直接客にコーヒーを渡せて、ウエイターが不要なためです。次は店内のテーブル席。一番高いのは外の席です。ウエイターの移動距離が一番長いことと、道路使用料を払っているからだそうです。フランスのカフェはやたら道路にはみ出して席を作っているなと思っていたら、ちゃんと許可を取って使用料を払っているのでした。

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フィリピン出張

転職して初めての海外出張です。

フィリピンの首都マニラで、医療関係の展示会に出展してきました。当社の出品は、テレビ画面上で血液や歯周病菌をはっきりと見られる位相差顕微鏡(写真)です。日本では健康番組などでよく見かけますが、フィリピンではまだ珍しいようで、かなり興味を持ってもらえました。

Dscf1126 また、日本の展示会と比べると、来場者の反応の違いが面白かったです。日本ではなかなか資料さえ受け取ってくれないし、名刺や記名なども嫌がります。フィリピン人は資料だろうが何だろうが、無料でもらえるものは何でも受け取るし、アイスクリームなど無料で配っていようものなら長蛇の行列ができるのです(日本でも同じ?)

記名帳を出しても、90%の人は嫌がらずに書いてくれるし(当社の製品に興味を持ったからとも言えますが)、初対面からとっても笑顔でフレンドリーです。当社の顕微鏡がフィリピンでブレイクしそうな予感がします!

観光も夜遊び(?)もする時間がありませんでしたが、楽しい5日間でした。

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カフェ~コーヒーの種類

フランスへ行ったらカフェに行きましょう。

カフェでコーヒーを注文すると出てくるのはエスプレッソです。ちなみに、「エスプレッソ」はイタリア語で、フランス語では「エクスプレス」と言います。同じようなものですが、イタリアのエスプレッソの方がかなり濃く苦いです。

コーヒー豆の焼き方の違いですが、イタリアン・ローストといって、豆が真っ黒こげになるほどローストNoisette します。そうすると苦味が強くなりますが、反対にカフェインは出にくくなります。カフェインを取ると夜眠れないという人がいますが、実はエスプレッソは大丈夫なのです。むしろ、豆をあまり焼かないアメリカン・ローストの方が、カフェインが沢山出ます。ですから、夜はアメリカン・コーヒーを飲んではいけません。

個人的には、フランスのエスプレッソの方が飲みやすくて好きですが、いずれにしても日本の喫茶店で出てくるようなコーヒーを期待してはいけません(最近は、カフェ・アメリカンというメニューがある店も少しありますが)。

カフェ・オレ(イタリアではカフェ・ラッテ)は、たっぷりのミルクの中にエスプレッソコーヒーを入れるので、小さなカップのエスプレッソと違い、量がとっても多くなります。エスプレッソにはミルクは付いてきませんが、もしミルク入りエスプレッソが飲みたいときには、「ノワゼット」と注文しましょう。ノワゼットのキザな言い方をフランス人に習いました。

「エスプレッソに少し雲を浮かべてください」だって。

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フランス人とのイベント

昨日、ミクシィのコミュニティーで見つけた「フランス人とのイベント」に友達と行ってきました。何とフランス人が40人も集まりました(日本人は半分の20人)!

Dscf1101 彼らは、老若男女バラエティに富んでいましたが、フランスから約2週間の旅行で、東京だけに滞在している人たちでした。このイベントは、彼らの日本人との交流というオプショナルツアーだったのです。大半が漫画(フランス語では、「モンギャ」って聞こえる)好きで、僕なんかよりもずっと詳しく、話についていけませんでした(フランス語力が落ちたこともあるけど・・・)。

滞在は東京だけで、京都・奈良、富士山や伊豆高原に行かないのももったいないような気がしますが、彼らの東京での観光先は、浅草や皇居にもちゃんと行ったようですが、その他は、

ジブリの森美術館、秋葉原、原宿(中にはコスプレでやってきたフランス人の女の子もいました。まさにフランス人形です!)、など、かなりオタッキーな場所が多いようでした。

それにしても、居酒屋に40人ものフランス人がいるって(しかも、みんなコーラとオレンジジュースばっかり飲んでる!)、不思議な光景でしたよ。

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面倒くさがりのパリジャン

フランス人、特にパリの人は考えていることと行動が違うように思います。

留学当時(1998年)のこと、「ノーカーデイ」つまり「車を使わない日」が実施されました。排ガス公害、交通渋滞、騒音を減らそう、という目的です。10日程前の世論調査によると、70%以上の人がこの試みに賛成と言っていたので、当日はさぞかし街は静かだろうと期待していたら、何と普段と全く変わらない状態でした!学校の先生は「これがパリジャンだ」って言っていました。

その他、環境問題に関心があると言いながら、ゴミの分別もしない人が多いし、犬のフンは道に置き去りです(パリを徒歩観光する人は足元にご注意を)。「文化を保存する」意識の強い国民が、なぜ「地球を保存する」行動を取れないのか不思議です。結局「めんどうくさがりや」のフランス人は、「誰かが何とかしてくれるだろう」と考えてしまうようです。

Family_2ちなみにホームステイ先では、夕食後テーブルを掃除しませんでした。パン屑が散らかっていてもそのまんま。なぜなら、それは翌日来るお手伝いさんの仕事だからなのです。(写真はイメージです)

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パトリック・ブリュエル

ララ・ファビアンに続き、音楽ネタ第二弾です。

Patrick パトリック・ブリュエルを思い出したのは、前回パンテオンを紹介したから。彼は1980年代に大ヒットしたフランスの国民的歌手ですが、やはり残念ながら日本ではあまり知られていません。彼の代表曲に「Place des Grands Hommes(偉人達の場所)」がありますが、これはパンテオンの別名です。パンテオンは偉人達のお墓なのです。

この曲は、10年振りの同窓会の待ち合わせ場所であるパンテオンに向かう途中の不安な気持ちを歌っています。セヴリン、エリック・・・、ひとりひとり旧友を思い出しながら、今どうしてるだろう、会ったらどんな会話になるだろう。そして自分は?この10年何をしてきたんだろう?いろいろ想像している内に、みんなに会うのが不安になり、ショーウィンドウに映っている女の子が右に行くか左に行くかで決めよう・・・。

こんなセンチメンタルな歌がフランス人の心を捉えたのですね。

さて、自分は?フランスの語学学校でこの曲を習ってから、来年の夏で10年になります。来年は、笑顔でパンテオンの前に立ちたいと思います!ACCORD OB・OGの皆さん、一緒に行きませんか?

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まだまだある、パリの直線

パリほど、どこへカメラを向けても絵になる街は少ないでしょう。前回7.5kmの都市軸についてお話しましたが、直線軸の素晴らしさは他にもあります。

Pantheon2オペラ通りから見るオペラ座、スフロ通りから見るパンテオン(写真)、シャイヨー宮から見るエッフェル塔、リュクサンブール公園から見るパリ天文台。まるで、その建物にスポットライトを当てているかのように、その建物を観るために街並みができたかのように、建物の前方には遮るものがないのです。本当に見事な演出です。これもやはり19世紀半ばに行われた、パリ大改造の一環です。

パリ独特の石造りのアパートも、多くがこの時代に建てられました。3階と5階の窓辺に鉄柵を付けるという条例もあったそうで、今でも結構残っています。

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驚くべきパリの都市軸

ルーブル美術館はパリでも必見の場所ですが、美術品の見学が終わったらぜひ中庭も歩いてみましょう。チュイルリー公園との境に「カルーゼルの凱旋門」があります。ナポレオンの時代に建てられたもので、シャンゼリゼ通りの先の凱旋門よりはかなり小さなものです。Gaisenmon_3

さて、騙されたと思って(騙しませんが)そこに立って西の方を眺めてみてください。すると、コンコルド広場のオベリスク(尖塔)が見えます。そしてその先、オベリスクと一直線上に、パリを代表する「凱旋門」が見えます。更に目を凝らして見てください。はっきりとは見えませんが、その真後ろにも何だか門のようなものがあるような気がします。それが、1989年のパリサミットに合わせて完成した「新凱旋門(グランド・アルシュ)」です。

つまり、ルーブルの凱旋門、コンコルド広場のオベリスク、凱旋門、新凱旋門が、全て一直線上に並んでいるのです!その距離なんと7.5km。この距離は山手線の東西の幅よりも長いのです。21世紀の大都市で、それだけの距離、間に何も遮るものがなく見渡せる場所があるなんて、すごいと思いませんか!

19世紀半ば、ナポレオン三世の時代に行われた強引なパリ大改造で、今のパリの都市原型が出来上がりましたが、それを今に引き継いでいる歴史を大事にするフランス人に感心します。

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